波路を築く

アニメの感想&批評

恋×シンアイ彼女 感想・レビュー 四條凛香ルートの面白さを語る 

基本情報

  • 発売日:2015年10月30日
  • 発売元:Us:track
  • ディレクター:雫将維
  • キャラクターデザイン:きみしま青、倉澤もこ、しらたま、ぺろ、あまからするめ(SD原画)
  • シナリオ:新島夕、真崎ジーノ、茶渡エイジ、条智涼介
  • 音楽:水月陵

レビュー

恋×シンアイ彼女』とは、18禁美少女ゲーム、すなわちエロゲ―である。先日、このゲームが500円セールの対象になっており、また友人の勧めもあったため購入してみた。今までエロゲ―をプレイしたことなかった私は、一種の社会勉強のつもりでプレイしようと考えていたのだが、これが予想以上に面白い。シナリオの駒を進めるにつれ、期待を上回る面白さに直面したとき特有の、異様な冷気に包まれる感覚に襲われた。

一昔前、エロゲ―業界では批評文化が発達し、不朽の名作が次々と発表された時期があったという。エロゲ―の市場規模が縮小しつつある近年の傾向の中で、数々の名作や批評活動を下地に本作は生み出されたと言って良いだろう。

本作のあらすじを紹介する。小説家志望の高校生である主人公は高校二年生。過去の失恋が原因で恋愛小説を書けないでいた。その失恋相手の帰還や、主人公の通っている「御影ヶ丘学園」を含む三校の統合により、彼を取り巻く環境は変わっていく。

この失恋相手が本作のメインヒロインであるわけだが、そんな彼女のシナリオには、通常エンドの他にヒロイン全員を攻略して初めて到達できる真エンドなるものが存在する。通常エンドを終えた段階にいる私はその展開にかなり頭を悩ませているが、それもまた一興。豊富な考察要素という決まり文句も、あながち誇大広告ではないだろう。伏線を多分に散りばめプレイヤーに考えさせるような作りは、かつてのエロゲ―批評文化の名残なのだろうか。

とりあえず私は未コンプリートの状態なので、メインヒロインのシナリオについて口にするのは憚れることだろうから触れないでおく。本記事で私が共有したいのは、四條先輩のストーリーの面白さである。

本作のヒロイン、四條凛香は前年度の学園の生徒会長であった。高校の統合により、新たな生徒会長を決めるべく生徒会選挙が行われることとなり、彼女は生徒会長に立候補する。

「生徒会長キャラ」と聞いて、皆はどういった特徴を想起させるだろうか。頭がいい、ボランティア精神のある、品行方正、などなど。人によって回答は様々であろうが、その中であまねく共通するイメージは、優等生であるということだろう。本作の四條先輩もその例に漏れない。頭がいい、運動神経もいい、容姿端麗、面倒見のいい性格。これぞ優等生、生徒会長の器、という感じだ。

生徒会長を主軸に置いたストーリーは、優等生であるが故の弱点を利用したものが多い。言ってしまえば、このようなストーリーの多くは優等生の普遍性を利用したものであり、必ずしも生徒会長である必要性が無い。生徒会選挙というのは、優等生の成長物語を描くための一種の舞台装置でしかない、という場合がほとんどだ。

だが、四條先輩のストーリーは、決して生徒会長という要素抜きにしては存在し得ない。ここに、本作の独自性を見出すことが出来る。

彼女は前年度の生徒会選挙にも立候補し、見事に大多数の賛成票(信任)を得て生徒会長となった。彼女自身、多くの生徒に信頼を置かれていると自負しており、そのプレッシャーを感じたまま今年度の生徒会選挙に臨むことになる。このバックボーンがかなり絶妙で、彼女の大きく二つの負の側面を浮き彫りにしている。

一つ目は、彼女が生徒会長になる理由を見出せていなかったということ。前年度に立候補したのも、他に誰もやらないならば自分がやっても問題ないだろうくらいの意気込みであり、対抗馬もいないまま信任投票が実施されることとなった。当然、不信任票が信任票を上回ることはなく、彼女は生徒会長の役職を務めることとなる。だが、今年度は違う。対抗馬なる者(如月奈津子)が現れ、彼女の選挙への動機と闘志は前年度の四條とは比べ物にならない。もし、四條が前年度と同じ状態で選挙に臨むとなれば、結果は火を見るより明らかだ。しかし、変わったのは環境だけでなく四條自身もまたそうであった。保身のために選挙に出るのではなく、立候補を促す積極的な要因に突き動かされ、勝負に出る。前年度の背景は、四條が生徒会長になることへの前向きな心意義を持つこと、そして生徒会長としての実力を数段に高めること、といった成長物語を構築する1ピースとして機能している。

二つ目は、頼る存在や頼られる存在、すなわち親友がいないということだ。ある時、生徒会選挙のライバルである元他校生の如月奈津子に、四條はこう指摘された。彼女が去年賛成票ばかり集めていたのは、単にそれっぽいから。彼女は安定択として、無難な存在として生徒会長に選出されたのだ。確かに、よほど立候補者の杭が出ていない限り特に反対する理由も見つからないため、わざわざ不信任に投票する者はいない。一方で、演説等で目立つとなるとアンチが湧いてくるというのも、心理学的には正しいことなのだろう。そのため、賛成票ばかりというのは、それだけ全校生徒に注目もされず、平凡な目立たない存在であることの裏付けとなる危険性を帯びている。事実、彼女に悪印象を持つ者は誰一人としていない。しかし、彼女を積極的に支持するものもいない。彼女は生徒全員が自分を生徒会長として信頼していると思い込んでいるが、実際は誰も自分に関心を持っていない。結果、いざというときに頼る存在も助けてくれる存在もいないという問題提起につながっていくのだ。

特に二つ目に関するストーリー構成は実に巧妙である。立候補者が複数人いた場合、選挙は勝負の世界なのだから、より多く票を集めることは必然的に善として描かれる。また、その性質は本来、立候補者が一人の信任投票の場合でも適応されるはずだ。賛成票をより多く集めるというのは、それだけ多くの者に支持されているということなのだから。しかし本作は、賛成票ばかりで反対票がない状況を逆手に取り、自分は誰にも頼られない空虚な存在なのではないかという問題提起への布石となっているのである。この一貫したエピソードは、信任投票という制度が存在する生徒会選挙というイベントを介して初めて描けるものである。生徒会選挙の特殊性を活かし四條の人格の問題を際立たせるこのストーリーは、まさに出色の出来と言えよう。

ここで述べたストーリーは、四條先輩ルートに関するものだけである。つまり、残りのヒロイン三人にも、同様に濃密なシナリオが存在するということだ。興味を持った方は、是非本作を手に取って頂きたい。

エロゲ―なのでHシーンについて触れようとも思ったのだが、これと言って特筆することはない。というのも、漫画やアニメといった別媒体と比較しようにも結局好みの問題に収束するし、他のエロゲ―をプレイしたことがないためにエロゲ―同士で比較することも出来ないからだ。さしずめ、エロいものはエロいのだ。Hシーンで私のY染色体が長時間にわたって踊り狂っていたことは言うまでもない。