理工系のアニメ日記

アニメの感想&批評

日記 11/27

劇伴

音楽が好き。特に劇伴が好き。映像や物語との噛み合わせを味わって作品世界に没頭するのが楽しい。劇伴にしか無い強みだと思っている。

以下、オリジナルサウンドトラックを購入したアニメ一覧。勿論、アニメにハマらなければ買わなかったもの。

どれも素晴らしかった。アコースティックな音源はココロ図書館とブルリフ。ブルリフは正統派オケアレンジで迫力あって、バトル、日常ともに心にすっと馴染む。ココロ図書館は一曲の時間が長くて、曲中のパターン(楽器、テンポ)を変化させる場所を複数用意している。作品の造りとしては、映像に合わせて音楽を作るフィルムスコアリング(例:スタァライト)というよりは、音楽に合わせてコンテを切っているのだろう。ユリ熊は神聖な感じとバチバチな電子音とコーラスが混ざりあってジャンル色々、少女向け変身ヒロインアニメを意識している曲もある。ワンエグはどこか重量感と非日常感を重視したDJ作家ならではのエレクトロニックという感じ。

いずれも世界観の構築に一役買っている。聴けば聴くほど味わい深いものだ。他に配信で聴いたやつはARIA、P4などなど。欲しいやつ筆頭は、スケッチブック~full colors~とか、プリキュアシリーズ何か(Goプリが良いかな)。

将来の夢は遇に現れるもので、私の劇伴作家への尊敬が自然と憧れや羨望にシフトしていった。OSTに触れる行為は、己の野心を刺激させるものとなった。いずれ、映像や物語との噛み合わせを色々考えながら、内にあるモノを表現できる人になれるように。日々精進の志を忘れずに、頑張っていきたい。

【ストーリー分析】白い砂のアクアトープ 第15話『ウミウシ大論戦』(感想・考察)

白い砂のアクアトープ 第15話『ウミウシ大論戦』

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基本情報

  • 監督:篠原俊哉
  • 脚本:千葉美鈴
  • 画コンテ:高村彰
  • 演出:高村彰
  • 作画監督:鍋田香代子、他5名
  • アニメーション制作:P.A.WORKS

 

評価

A ストロング
  

総評

第15話は、くくるの企画展示回である。謎の多いウミウシという生物、そしてウミウシの企画展示を媒介に、水族館の功罪や各登場人物の理念の様々を描いていく。くくる、薫、副館長の3人に異なる主張を持たせて対立させる構造だが、無論、ここに正解不正解は無い。どれが正しいか、あるいはどう折り合いを付けるべきかは、視聴者が各自決めればいい話だ。この具体的な描写が、仕事アニメとしての完成度を高めており、ドラマ作りの基本に忠実な一話といった印象を受ける。
 

ストーリー

メインストーリーは、
①くくるが副館長に企画展示を命じられる
②くくるが副館長に展示するウミウシの数の変更を命じられる
③薫と雅藍洞部長による無給餌の案にくくるが反発する
④くくるが特定のウミウシの餌を見つけようと試みるが、失敗する
ウミウシの企画展示が成功する(妥協点あり)
⑥くくるが副部長に叱られる

である。

サブストーリーは、
(ⅰ)櫂がくくるの手伝いをする
(ⅱ)くくるがバックヤードツアーの案内に遅れる
などがある。

メインストーリーが多数で複雑になっているが、いずれも重要である。櫂、知夢などといったサブキャラクター中心のサブストーリーもメインストーリーに絡み合っており、ストーリーの強度はかなり高い。
  

分析

まず、くくるの主張は、ウミウシの企画展示では、飼い殺しや無給餌は断固反対といったものだ。単純明快であるがゆえに、様々な問題を生んでいく。

続いて、副館長の経営方針について。ウミウシの企画展示までのタイムリミットは二週間、ウミウシの数は八体の二つである。

この時点で、くくると副館長の間には完全に完結出来ない(出来なかった)課題が生じる。それは、ウミウシを八体飼育することに際し、具体的な餌が分からない種が存在しているということだ。ウミウシの食性は天然物中心である以上、餌の情報は他の水族館に相談しても分からないということらしい。

結果的に、餌が分からないウミウシを一体飼育に回したままウミウシの企画展示を行うことになる。それにより、メインストーリー⑥につながっていく。

さて、薫の主張を見ていこう。飼育担当である彼女は、ウミウシ八体の展示に対して反発的であり、第一にウミウシの数を減らすことを要求した。ウミウシの飼育は難しく、常に餌に仕事を回す必要があり、そうすれば他の仕事が回らなくなるそうだ。その後、無給餌の案が伽藍洞部長によって出され、メインストーリー③につながっていく。

無給餌に反対のくくるは、ウミウシの餌探しをしようとする。薫が言っていたように、ウミウシの飼育は難しいという事実は、この展開の必然性をさらに高めている。しかし、くくるは飼育部ではなく、営業部である。このあたりのくくるの葛藤は、副館長との会話のシーンで描かれている。
[13:00]副館長「そんなのは飼育部に任せて、お前は営業の仕事をしろ」

飼育部に一任すれば無給餌が確定するこの状況の中で、くくるは営業の仕事と同時にウミウシの飼育の仕事を個人的に取り持つ。ウミウシの企画展示のことで忙しく、他の仕事に頭が回らないくくるの姿の描写もある。直感的に分かるのは、くくるの目のクマ。サブストーリー(ⅱ)も、その一つである。
[15:29]朱里にパンフレットの発注について尋ねられ、はっとするくくる

続いて、くくると薫のシーンである。薫の思う水族館の意義は、原文ママで、
「地球を守るためだ。水界の生き物を調査研究し、その結果を発表したり展示したりする。生き物の素晴らしさを知ってもらうことが目的であり、水族館はその入り口だと僕は思っている」
とある。それゆえに、薫は目の前の生きている生物の生死を重く見据えていない。無給餌でも展示しようとするし、弱ってきたら海に還すのではなく、責任を持って飼育して調査研究を続行する。

薫は視野が広すぎるとくくるは説いたが、薫の説得を聞いた上で、目の前の生き物を優先する姿勢を曲げていない。そんなくくるに薫がかけた言葉に、「生き物にとって最善は何か考え、出した答えに責任を持つこと」とある。くくるの無邪気な“好き”を見た薫は、自分とくくるの共通点を見つけ、ウミウシ問題に協力するようくくるに持ち掛ける。

くくるの直面した問題は、何も営業部にのみ当てはまるものではない。水族館の在り方に何を重視するかは個々で異なっており、正しい立場を一意に定めることは出来ない。だから、互いが協力して二人が納得できる形で道を選ぶ。時には妥協することにもなるだろう。一種のウミウシは展示されることはなく、飼育に回すことになった。

先に述べた通り、今回のウミウシ展示では「八体」を満たしていないため、くくるは副館長に叱られることになる。くくるにとってネガティブに描かれている副館長の営業至上主義もまた彼の責任あっての答えだ。また、副館長のこのこだわりは、地域性やコミュニティを重んじるまがま水族館の経営理念とはまた対照的であり、おじいとの対立項にもなっている。どの理念が正しいのか、視聴者がそれぞれ考えればいいだけのことだ。

以上がメインストーリーの概略となる。続いては、今回の裏の主人公、薫に注目していきたい。13話から第15話前半までの描写を見るに、真面目や堅苦しい(良い意味でも悪い意味でも)という印象が残る薫。同じく真面目な印象を受ける知夢とよく行動を共にしている。
[4:07]櫂の前で溜息をつく薫
[5:05]空也の返事を注意する薫

だが、知夢との昼食の場面で、知夢とは異なった一面が見える。がまがま組の陰口を言って発散する知夢(このあたりは、知夢を訝しげに見つめるくくると似ている部分がある)は、薫にもがまがま組の印象をたずねる。空也、うみやん、櫂と、なかなかに不甲斐ない面子を前にしてきた薫であるが、感想は一言「色々いるなあ」で済ませているだけだ。自分の主張を強く押し通す知夢とは異なり、度量が広いという感じか。例えば、くくるの無給餌断固拒否シーンでは、くくるの熱量に感心するような描写がある。視点の中心であったくくるから、薫に注意が引き寄せられる。
[12:13]薫の首が少し持ち上がるカット

イノーへデートを誘うほどに、くくるに心を開いた薫。彼女の人間像が徐々に見えてきたのも、一つ進展と言えよう。

他にも、櫂、瑛士、空也などといった様々なキャラクターが活躍するエピソードであった。
 

補足

1. 櫂と瑛士

特に櫂である。くくるへの恋は、未解決のストーリーとして、一つ抑えておくべきだろう。今回櫂は、くくるのサポート役に徹し、彼女の精神状態を改善していた。
[16:24]サンドバッグ櫂

櫂はティンガーラの仕事よりもくくるへの恋心が先行しているということを、瑛士は見透かしている。やはり、周りを見るのが上手い男である。
[8:28]動物の求愛行動を語る瑛士


2. ハリセン帽

ウミウシ展示に来場したお客さんが言っていた「帽子のグッズ」は、おそらく、夏凛たちが開発している商品のことと思われる。今は誰もつけていないが、今後帽子をつけるお客さんが現れるかもしれないので、注目である。
[7:05]ハリセンボンの帽子の商品開発の様子


残された伏線や謎は以下の通り。
①くくるの双子兄弟のストーリーにおける役割
②ファンタジー現象の謎
③くくるの目標はどうなる?
④櫂の恋はどうなる?


これで、白い砂のアクアトープ 第15話『ウミウシ大論戦』のストーリー分析を終える。

【ストーリー分析】白い砂のアクアトープ 第14話『ペンギンチェイサー』(感想・考察)

白い砂のアクアトープ 第14話『ペンギンチェイサー』

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基本情報

  • 監督:篠原俊哉
  • 脚本: 山田由香
  • 画コンテ:市村徹夫
  • 演出:市村徹夫
  • 作画監督:水野紗世、他9名
  • アニメーション制作:P.A.WORKS

 

評価

A スタンダード
 

総評

第14話は、くくるのバックヤードツアーのストーリーと、風花のペンギン飼育のストーリーが並行する回である。互いのストーリーが相補的に作用しあい、ストーリーの強度は高い。また、前回とは打って変わってポジティブな情動を与えるストーリーが多く、物語が順調に進行していることに爽やかな印象を受ける。アニメ―ション的にも見応えがあり、特にバックヤードツアー関連の画コンテは素晴らしい。
 

ストーリー

メインストーリーは、
①くくるがバックヤードツアーの準備をする
②風花がペンギンの名前のテストに合格する
③くくるのバックヤードツアーが成功する

である。

サブストーリーは、
(ⅰ)くくるが朱里とバックヤードツアーの練習をする
などがある。

全ドラマパートがくくるや風花の成功に働きかけるような構成となっており、一話完結のエピソードとしても完成度の高いものと言えよう。
 

分析

飼育部海獣担当に所属することになった風花は、ケープペンギンチームの一員として、知夢や米倉マリナと共に働くことになる。潜水士の免許も取ったようだ。

くくるや風花の成功をメインストーリーに置いているが、特にくくるに直面する問題は様々だ。バックヤードツアーの一番の目的は水族館の宣伝である。しかし、ペンギンチームの知夢や魚類担当の薫と話を合わせようとしても、都合上無理だと跳ね返されるのが現状だ。

飼育部長の助力もあって、薫のほうからは後々許可(バックヤードツアーでの餌やり)が下りるのだが、ペンギンチームに関しては問題が山積みである。それでも妥協したくないくくるは、ペンギンチームにもう一度声をかけることになる。
[15:07]くくる「でも、ペンギンはみんな喜ぶと思うんです」
[15:10]副館長「どっちなんだ!」

そこで鍵となる存在が風花となる。ペンギンチームは、くくるにバックヤードツアーのガイドを申し込まれ、風花とマリナは前向きな様子。風花のペンギンの名前テストの結果が、知夢の許可に直結するというのが今回のメインストーリーの一つである。テストは無事合格し、くくるや風花、マリナが知夢にバックヤードツアーの件を折り入って頼む展開だ。

結果として、バックヤードツアーにペンギン観察や餌やりを組み込むことが出来、当日は成功となる。少し注意したいのは、バックヤードツアーの組が一組だけだったことから、水族館の宣伝という目的の成功とはなっていないということだ。これに関しては、くくるが副館長に指摘されている通りだ。だが、あくまでメインに据えているのはくくるの成功体験であり、この経験によってくくるは今後の自信につながっていく。
[22:58]風花「でもお客さん楽しんでくれたんでしょ」

以上がエピソードの概略となるが、個々のシーンに注目していくと色々なところが見えてくる。

まずは、くくるの目標である。それは、いつか飼育の仕事に戻るというものだ。ここで言う目標とは、言わば本作を包括するストーリーの到達点である。この目標が(1)達成される (2)達成されない (3)目標が変わり新たなストーリーの到達点が生まれる:これらいずれかによって、初めてストーリーが完結する。この「いつか飼育の仕事に戻る」というくくるの目標は、今後の展開のあらゆる要素に直結しうる要素なので、常に注目していきたい。
[10:45]風花に目標を告げるくくる
(おそらくこのシーンの演出的には、車の光が顔に射して明るくなっている状態=目標が見えている、ということを意味するのだろう。くくるの顔が照らされ、その後風花の顔が照らされる描写となっている)

ある意味では、今回のストーリーもこの目標に沿ったものと言えるだろう。飼育の仕事が出来るようになるには、今やっている営業部の仕事をしっかりとこなさなくてはならない。その努力の支えになっているのが風花の存在であり、仕事仲間の存在であり、海の生き物の存在でもある。それゆえに、くくるが営業部の仕事を(例え嫌なことや辛いことがあっても)頑張っているという状況は、常に整合性が取れていることになる。

ただ、風花に関しては、新しい目標が見えない。言い換えれば、その目標はすでに達成されている。Cパートで明言されていたように、くくるがティンガーラで働いているから、風花もティンガーラに就職したのだ。風花(とくくる)を主役に添えていた前半部とは異なる部分は、作品全体を通して完結されるべき風花中心のストーリーが存在しないところだ。今後の風花のストーリー上の役割に注目である。

続いて、バックヤードツアーの画的な構図について。今回、バックヤードツアーの場面は二つある。一つ目は、朱里との練習。二つ目は本番。

一つ目に注目すると、我々視聴者は朱里と同じ視点(朱里の背後から俯瞰する視点)にあり、水族館の様々な場所の概観が分かるようになっている。大げさな表現をすれば、バックヤードツアーを追体験しているといったところか。
[12:58]「ティンガーラの心臓部」を切り取る描写
[13:14]大水槽を俯瞰する描写

ところが、バックヤードツアーの本番では、くくるの視点に切り替わっている。つまり、バックヤードツアーに際して、お客さんの反応を存分に描き、表情やしぐさなどからその雰囲気がしっかりと伝わるようになっている。作画的にも、このお客さんの描写のこだわりが見られるので、ぜひ注目してみて欲しい。
[19:57]「ティンガーラの心臓部」でのお客さんの反応
[20:04]大水槽を見て喜ぶ子供たちとその家族

 

補足

1. くくると風花

先ほど指摘した通り、くくるには「いつか飼育の仕事に戻る」という目標がある。対して風花には、今後の指針となるような目標は明示されていない。風花は、サブキャラクターと同じ立ち位置になるのだろうか。


残された伏線や謎は以下の通り。
①くくるの双子兄弟のストーリーにおける役割
②ファンタジー現象の謎
③くくるの目標はどうなる?


これで、白い砂のアクアトープ 第14話『ペンギンチェイサー』のストーリー分析を終える。

【ストーリー分析】白い砂のアクアトープ 第13話『海の遙かなティンガーラ』(感想・考察)

白い砂のアクアトープ 第13話『海の遙かなティンガーラ』

次回→

はじめに

第13話より、個別記事を再開します。
 

基本情報

 

評価

A スタンダード
 

総評

第13話は、ティンガーラ編序章、くくる回である。エピソードを通して描かれるくくるの情動は、ネガティブなものが多い。新しい同僚の朱里との交流で仕事のモチベーションに繋がったり、上司である副館長との仕事においてくくるが何か新たな気づきを得たりなどといった展開は、今のところはない。これは、ラストの風花が登場する展開を重視した構成である。視聴者的には風花を懐かしく思ってはいないものの、くくるの安心感や幸福感をしかと感じ取れるエピソードとなっている。
 

ストーリー

メインストーリーは
①くくるが営業部に配属される
②くくるが多くの仕事を要求され、処理できずに失敗する
③くくると風花が再開する

である。

サブストーリーは、
(ⅰ)夏凛がくくるを誘って水族館内を案内する
などがある。

サブストーリー(ⅰ)にこの例を挙げたが、くくるが自分の居場所を動的に理解することは、くくるのポジティブな情動に繋がる数少ない要素である。最新鋭の技術を駆使した広大な水族館を回ったくくるは、仕事をするにあたって、忙しさや辛いことにたくさん直面するだろうと理解した。丁寧なコンテワークによって、視聴者はこのことを映像的に感じ取れるようになっている。ここで映像や美術に力を入れてくるのは、作り手のセンスが光った部分と言えよう。
 

分析

廊下ですれ違っても互いに挨拶をしないくくると、南風原知夢&島袋薫ペア。以前、知夢はがまがま水族館で研修していた。「コネ入社組」と言っているあたり、あまりがまがま組を良く持っていないようだ。知夢やその他ティンガーラ組とがまがま組の対立構造には、注目していきたい。
[7:31]薫「何人いるんだ? もはや派閥だね」
[11:25]知夢の営業スマイル

くくるの初仕事はバックヤードツアーの予行準備であった。この情報は昨日配られた資料の中にあったのだが、それを十分に読んでいなかったくくるは、予行決行当日にそれを知ることになる。また、バックヤードツアーの予行について、社内に先週メールが送られていたようだが、知夢や薫はそれを意識していなかった。

これら一連の流れは、くくるの問題というよりは、新しい職場であるがゆえの杜撰な管理体制や人間関係の脆さに原因を置くべきだろう。くくるの机に積まれた書類の下のほうにバックヤードツアーに関する案内があったこと、知夢や薫が自分の仕事に精一杯で社内連絡に目を通していなかったこと。新キャラの比嘉瑛士は、職場の人間関係を指摘していた。

必死で予行の準備を進めたくくるは、結局は副館長によって全て棄却され、知夢にも叱られた。魚で言うところの雑魚以下だとこき下ろされる始末である。実際、くくるの負った責任は軽いものではない。それゆえに、見る人によっては、胃痛状態になってしまうだろう。では、視聴者は何をモチベーションにこのエピソードを見ればよいのだろうか。

くくるの(に対する)ネガティブな情動ばかりが先行しているように見えるが、それでも単に暗い話にならないよう、いくつか工夫している部分が見受けられる。先に述べた美術的な面の他に、例えばくくるの海の生物に対する愛情と(それを前面に押し出す)強かさがある。これは、くくるが副館長にプランクトンと呼ばれる経緯を見れば分かるだろう。
[18:00]笑ってはいけない場面で笑ってしまう夏凛と朱里

あるいは、水族館に対する副館長の誠実さもあるだろう。その一例として、バックヤードツアーの予行を中止する副館長の判断がある。おおよそ失敗の見当がついていた副館長は、くくるがその全責任を負わないよう、中止の判断をした。副館長も人間なんだぜ。

視点がくくるであるがゆえに、ネガティブな情動を煽られるばかりとなってしまったが、全体を通してみれば、登場人物全員が仕事に真摯に取り組んでいることが分かる。仕事を取り扱う物語において、各登場人物が個人ないし組織の理念に沿って経営のために尽力することが、結果的にドラマ(対立、団結など)に繋がる。このようなセオリーへの忠実さが、PAお仕事アニメの真骨頂と言えよう。
 

補足

1. 比嘉瑛士

眼鏡の男性。正式入社組でありながら、がまがま組にも壁を作らず対等に接している。知夢や薫、そしてがまがま組を繋げるキーパーソンとなり得るが、果たして。


2. うどんちゃん

主要メンバーの中では唯一社会人ではないうどんちゃん。今後どのような形で出番があるか、注目していきたい。


残された伏線や謎は以下の通り。
①くくるの双子の兄弟のストーリーにおける役割
②ファンタジー現象の謎


これで、白い砂のアクアトープ 第13話『海の遙かなティンガーラ』のストーリー分析を終える。

映画 トロピカル〜ジュ!プリキュア 雪のプリンセスと奇跡の指輪! 感想

映画 トロピカル〜ジュ!プリキュア 雪のプリンセスと奇跡の指輪!


基本情報

 

秋の季節となりました。記事をしばらく書かなかったのは、大して忙しくもないのにも関わらず大学の授業やら何やらにかこつけて、サボることの正当性を自分に言い聞かせていただけです。決して作品に触れていなかったとか、アニメから離れていたとか、そういう理由ではございません。申し訳ございませんでした。思ったことをそのまま口に出す感想の題材として、今回は映画トロプリを選びます。ちなみにプリキュアの映画を劇場で見るのは初めてです。


ネタバレ全開です。




現実の季節とは裏腹に、平常通り常夏模様のトロプリ主人公、夏海まなつである。いや、沖縄の街がモデルと言われているあおぞら市は実際に暖かいのだろう。そんなわちゃわちゃ気分のトロピカル部一行が向かう舞台は、一面銀世界の雪の王国「シャンティア」だ。シャンティア王国の王女「シャロン」は、次第に心の冷気を幽かに醸し出し、やがて堕ちる。凍てつく花に寄り添って、氷を溶かすことが出来るのか。

そんな感じの映画トロプリであるが、今回はゲストキャラとしてハートキャッチプリキュアの面子が登場である。心の花のようなハトプリ要素もちょいちょいある。そして、脚本はプリキュアおなじみ成田良美氏である。ハピチャ以降プリキュアの脚本を受け持つ機会は減ったが、ハトプリでは8話ぶん書いているらしい。やはり、ハトプリ勢のキャラクターの描きが上手い。

未来予想図で子供がよく書きそうなテクノロジーを感じるビデオレター式招待状で、シャロン戴冠式に招待されるトピ部。そして、列車でワープするような演出。御伽噺みたいだとまなつは言っていたように、この“御伽噺”というキーワードが、個人的に結構大事に感じる。

ファンタジーなシャンティアは、美術も対照的である。鋭い光が射し、現代的な建物がずらりと並ぶあおぞら市に対し、シャンティアの雰囲気は不気味なほどにほんわかしすぎている。後にシャンティア王国が一度滅びた冥府だと明かされるが、このシビアなサプライズはよく効いていたし、我々大人の視点で映像表現を振り返ってみると、型破りな世界だと思わせる描写は確かにあった。

常夏で生まれ育ったまなつは、雪にシロップをかけてそのまま食べようとするほどに、冬の世界を知らないので、大はしゃぎである。さすがに雪にシロップかける中学生いねえだろ……と突っ込みたくなるが、このあたりは映画プリキュアらしくてむしろ好きだ。70分という短いフィルムの中で、フル尺+αの変身シーンや必殺技シーンを入れつつ、子供向けのエンタメ要素を存分に組み込み、お話を描かねばならない。このまなつのアホさ加減で、ちょうどいいのだ。雪は衛生的に良くないという、みのりん先輩の注意付きである。

子供向けと言ったが、シャロンのCVは女優兼声優の松本まりか氏である。シャロンは劇中で豹変するのだが、仮面と真実を使い分ける演技は、正直なところあまりハマらなかった。監督によれば、「プリキュアとほぼ同年齢でありながら、複雑な状況に置かれている設定、そういったところをしっかり演じられ、さらに、プリキュアのような可憐な女の子の声であってほしい」とのことだ。なるほど。自分はうえしゃま大好きなので、ハーモニーのミァハ、カリギュラのμ系の上田麗奈が見たいと言って安直に起用するが、元々は大人びたお姉さんイメージなので、中学生ではないよなあと勝手に納得した次第である。パンチ効きすぎてもかえって毒になるかもしれない。

本作の主人公はローラである。物語前半は、ローラとえりか、ローラとシャロンという二つの関係性を軸とし、さらに二つのストーリーが相補的に絡み合い、構造的には見所があった。ローラを一番近くで見ていたまなつは、彼女の不安や苛立ちの原因を適切に汲み取って適切な助言をし、役割的には彼女のサポートに徹していた。結果的には、二つの関係性の悶着状態を良い方向へと導いたが、このようなクレバーな役割はTVシリーズではなかなか見られないものだ。それも含め、劇場版の醍醐味である。

戴冠式のゲストとしてステージに立つ予定だったローラたちのコーデを決める段階で、まずはローラとえりかの諍いである。言いたいことを思わず口に出してしまう性格はお互い様で、例えそれが相手の気分を損ねることがあっても、その状態を客観視する余裕のないヒートアップ状態に、時にはなってしまう。それゆえに、第三者の指摘、助言が必要なのだ。まなつとつぼみの役回りはそこにある。

“らしさ”を存分に発揮した個性的なコーデは、ファッションデザイナーを夢見るえりかの意見によって、一度は棄却されてしまう。目立ちすぎ、ステージに上がるのはローラだけではないと、これらは間違いなく正論である。それがローラの反発を生み、仲たがいする。まなつが陽気に運んできたアイスには目もくれず、ローラは立ち去ってしまう。ここからは、キャラクターのペアが様々な形を帯び、相互に関係を与える群像のような構図になる。その中で、メインストーリーはローラとシャロンのペアに注力して描かれる。

ローラとシャロンは、互いに王女になる(なりたい)もの同士として打ち解け合う。笑顔の国を願うシャロンは、ローラにも幸せを分かち合おうと指輪に祈りを込め、ローラにプレゼントする。託したものは目に見えるものだけではなく、歌もまたそうである。これらが後々キーアイテムとなっていくのだが、シャロンが真実ローラの幸せを願っていたことが後々明らかになって、心暖かい気持ちになった。

陽→陰への切り替えもスムーズで、ここでローラの強がりと寂しさといったものが、鮮明に描かれるストーリーとなる。プリンセスとして責務を果たす決意に対する不安、祖国を滅ぼされ、襲撃から一人逃れたことへの寂しさや怒りといった負の感情は、これまた本編中ではあまり描かれなかった側面だ。そしてローラは、鏡映しのシャロンの心の奥に強い違和感を感じとる。シャロンを切り取る画角は斜めったりあおりの構図だったりと、不安を煽る描写となっている。

まなつとえりか。本当は寂しい気持ちが心の中にあって、強がって生きているというえりかの指摘。かつて自分が抱えていた問題に幾度となく向き合った彼女は、先輩らしくローラを適切に見据えている。二人の会話を経て、まなつは、ローラといることが楽しいという想いから、ローラに寄り添うことを決める。

そんなこんなで、互いの立場に寄り添った二人は仲直りである。ローラの個性を尊重しつつ改善案を出すえりかのデザイナーとしての実力も発揮された。えりかの言う「つぼみのように間近で見て分かってくれる人」は、ローラにとってはまなつになる。

場面は変わり、これまで伏せられてきたシャロンの闇、シャンティアの真実といったものが徐々に明らかになり、重苦しい雰囲気が押し寄せる。シャンティアは一万年前に滅びた冥府であり、次期王女であったシャロンは全てを失った国家を眺め、そのまま絶命した。彗星の力によって目覚めたシャロンは、どのような手を使ってでも新たな力で国を再生しようとする。

ここで変身シーンであるが、俺は劇伴オタクなので、フル尺大画面と映画館特有の音圧との相乗効果で引き込まれて感動してしまった。映画全体としても、様々なジャンルや楽器を駆使した劇伴は、異国の地な感じ全開で良かったのではないだろうか。ハトプリ変身シーンもオケ融合でガッチリ仕上げてきたの、まさに映画スタッフのやりたいことだったでしょ。

雪の王国の再建に囚われたシャロンは、他人を傷つけることを厭わず、無情にも怪物の力を奮っていく。互いに幸せの国を創ることを望み、友好関係を約束したローラとの対比として、シャロンの拭いきれなかった後悔や諦念が荒れ狂った心の闇を作り出し、大吹雪となって現れる。ホラー的な演出は従来のプリキュアシリーズを振り返ってみても異色であった。

後悔と言うには、仮に時が戻ったとしてもシャロンの力ではどうにもならないような理不尽さだった。そのため、女王として家族や国民、そして美しい国を守れなかったと述べる彼女の重責には、計り知れないものがある。一人で抱えるには、あまりにも重すぎた。

シャンティアに呼び込まれた人々が「誰かを笑顔にすることが出来る人」というのは、シャロンの砕かれた理想を表現しており、切なさが込みあがってくる。愛を知り愛を与えてきた者であるがゆえに、全てを奪われる理不尽への抗いを諦めきれない。逆に言えば、笑顔で溢れる世界を望む心は自身の性質として本来備わっており、それを受け取り叶えてくれると信じ切れる存在がいれば、それは理不尽を飲み込むための鍵となり得る。

やはり、手を差し伸べたのはローラであった。故国を滅ぼされた悲しみを持つ者同士、幸せの国を望む者同士、友達同士。同じ思いを持つ者であるが、ローラは生者で、シャロンは死者である。かつて葬られた国の全てであるシャロンの彼女の幸福を叶えるために、生者であるローラが寄り添い、何が出来るのか。

本作は、心の花を溶かすキーアイテムとして「幸せの指輪」と「歌」を掲げているが、いずれもシャロンがローラに託したものである。本当は止めてほしかったというシャロンの内なる想いに、説得力がこみ上げてくる。次第に彗星の力が弱まり、シャロンが望んだ理想郷は氷を溶かしていく。同時に、その理想郷が永遠でないことが示唆されて、別れの物語を前面に押し出す。

シャロンが望んだ笑顔の国、シャンティアにも春が訪れ、一層美しい世界となる。その世界は儚くも終わりを告げるが、そこにあった幸せや笑顔は虚構ではない。未来を見据えるローラ達のカーテンコールは、現実を受け止めつつも、シャロンやシャンティアの想いを受け取り、その存在を確かなものにする。

下を向いて咲くスノードロップは、上を向くことはないけれど、希望を象徴する花である。死者であるシャロンの奇跡は間も無く終わり、シャロンという存在は消えてしまうが、果たしてそれはシャロンが存在する前の無と同等であるかと言われれば、否と答えるだろう。想いは、未来へ繋がっていく。

時を超えて想いは繋がっていくという命題は、情緒的であり、大切であると思うのだけれど、「死者の希望の実現は死者の幸せとなり得るか」を考えたときには、多かれ少なかれ哲学的な要素を認めることが出来ると思う。主体は消えてしまったが、主体の想いを受け継ぐ者はいる。かくして、死者の想い恒久性を認めることが出来れば、シャロンがローラに願いを託すことがそのまま彼女の幸せに直結するという風にも考えられる。

終わってみれば、シャロンの過去は重く、シャロンやシャンティアともお別れといった、ビターづくしの映画だった。先ほど「御伽噺」と言ったが、シャロンのように、理不尽によって大切を失い引きずってしまう人は、現実のどこにでもいる。なかなか歌一つで救いになるというわけにもいかないだろう。だが本作は、虚構の世界に手を伸ばすことで、逆説的に「生者として出来ること」を我々に説いている。シャロンやシャンティアが滅んだ運命を変えることも無ければ、時を戻すこともない。本作は、夢物語を描きつつも現実を見据えた物語であり、ただ夢を虚構で終わらせず、そこから得られる本当の意味で大切なメッセージを示しているのだ。

初めてのプリキュア映画は大変面白かった。プリキュア映画自体は、同監督の春のカーニバルとハピチャあたりの映画を数本見ているのだが、本作はそれらと打って変わってビターな味わいだった。変身シーンはまさに劇場に来て良かったと思えた瞬間で、フル尺変身を採ったスタッフさん、ありがとうございます。

【ストーリー分析】サクガン 第1話『FATHERS & DAUGHTERS』(感想・考察)

サクガン 第1話『FATHERS & DAUGHTERS』

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基本情報

  • 監督:和田純一
  • 脚本:和田純一
  • 絵コンテ:和田純一
  • 演出:三塩天平
  • 総作画監督:望月俊平
  • アニメーション制作:サテライト

 

評価

B エモーショナル、ウィーク
 

総評

第1話は、主人公の決意が描かれる回。未知の世界に旅立ちたいと願う少女と、そうさせたくない父親の二つの視点が交互に、あるいは俯瞰して描かれる構成となっている。世界観や設定の提示についてはやや説明的であるが、登場人物の熱量を感じられるエピソードである。ただ、メメンプーが夢を見る動機が足りていないという印象を受ける。少々厳しいかもしれないが、B評価とする。
 

ストーリー

メインストーリーは、
①メメンプーはマーカーになることを願うが、ガガンバーはそれに反対する
②メメンプーが再びマーカーになることを願う
③ガガンバーは、メメンプーと共にマーカーになることを決意する

である。

サブストーリーは、
(ⅰ)リンダとウォルシュが戦死する
(ⅱ)世界観や設定の提示

などがある

ストーリーは、①→(ⅰ)→②と進んでいく。はっきり言って、メメンプーが再び夢を見るのに十分な動機が描かれているとは言えないのだが、それについては後ほど見ていくことにしよう。
 

分析

視聴者に対する大まかな設定の提示は、序盤に流れるラジオにて行われる。「マーカーはラビリンスという危険が多い地に旅立つ職業」くらいの認識で良いだろう。

マーカーになってラビリンスに飛び出すのは危険なことであると、ガガンバー(父)はメメンプー(娘)に言うが、聞いてくれない様子。ガガンバーはメメンプーがマーカーになることを許していない。

この時点で、メメンプーはマーカーが危険であることを知っていてもなお、夢を追い続けているというのは注意したいポイントである。彼女の賢さは、飛び級で大学を卒業した頭の良さと共に、自分の置かれている立場を客観視できるほどの精神力を持ち合わせていることを示している。

「私はどうしてもあの景色を確かめたいんだ」とメメンプーは言うが、そう感じるに至った経緯は、後のリンダとの会話にある。リンダは現マーカーである。

リンダ「女マーカーウロロップは、ラビリンスを踏破してマップを完成させたという話だ」
メメンプー「ああ、ロマンだ!」
要するに、メメンプーを突き動かすのは、未知の世界に足を踏み入れることのロマンに抱く好奇心だ。人間ならば誰しもが持ちうるその情熱は、数ある「冒険譚」の作品群に共通するテーマとなっており、本作もそのセオリーを踏襲している。

ガガンバーはわざとらしくメメンプーにマーカーの危険さを伝えようとするが、メメンプーには響いていない。リンダには「超ダセえ」と罵られる。

ここでBGMを利用した面白い演出がある。それは、“同じ曲中”のパターンの切り替えによって登場人物の内なる感情を効果的に示すというものだ。シンセサイザーの電子音→ピアノの切り替えに注目したい。
[9:08]流れるように変化する曲中のパターン(ポップ→しんみり)

これによってガガンバーには、メメンプーがマーカーになることについて、前述した「父親として」の理由のほかに、何か個人的な理由があることを示唆している。それはすなわち、「ルーファス」という人物に関係することだ。

さて、メメンプーの元にウロロップからの送り物が届き、メメンプーはそれが本物のウロロップからのものだと確信する。必然的に親離れを想起させるメメンプーの夢を前に、叶えてあげたいという情動と行ってはいけないという理性で揺れるガガンバーの葛藤が描かれるのも良い。
[16:45]未踏の地に憧れるメメンプーとリンダ

ラビリンスに突然現れた怪獣に遭遇したメメンプーたち。リンダはメメンプーを船上から遠ざけるよう、ガガンバーに支持する。メメンプーはそれに抵抗しようとするが、リンダは「お前は子供だ」と制止する。

その際の、ウォルシュの微笑のカットが良い。リンダとウォルシュ、ガガンバーは、「正しい大人」として、メメンプーは「間違っている子供」として描かれている。

自信満々に戦場に飛び出したリンダとウォルシュは、別の怪獣の不意打ちを喰らい、あっけなく戦死する。このあたりは、陽→陰の切り替えが早く、心揺さぶられやすい展開となっている。

目の前の景色に呆然とするメメンプー。娘を案じて「マーカーになるな」と言うガガンバー。世界の厳しさを知らなかった子供の夢を拒絶する大人という構造。
[21:24]娘の手を引くガガンバー

メメンプーは「怖くて、どうしようもない。街がぐちゃぐちゃになって、ウォルシュとリンダも……。それに、ガガンバーはそんな辛そうな顔をしている」と言っている。大切な人が死ねば、大人だって悲しいことを知っているメメンプー。

それでもメメンプーは、「あの景色を見てみたい」という。このあたりは、壮大なBGMと迫真の演技により、エモーショナルな展開となっている。

ウォルシュに教わり導き出した「父親としての在り方」を以て、ガガンバーはメメンプーの願いを引き入れる。マーカーの機体に乗ってエピソードが終了するという、王道的な展開である。

ただ、ガガンバー→メメンプーは良いのだが、メメンプーがマーカーになりたいと願う理由が、(父親の思いを知ってもなお願い続けるほどの)強い好奇心では、さすがに弱いという印象を受ける。

前提として、メメンプーはマーカーの危険さ、世界の厳しさというものを理解しており、大切な仲間の戦死を前にしている。それに、メメンプーは年齢以上に分別のある子供だ。そんな子供が、危険な世界に直面する職業に好奇心だけで夢を抱けるのだろうか。

無論、メメンプーの性格上の問題と言えばその通りである。それでも、危険な世界と自分の命を天秤にかけている(かけてすらいないともとれる)状況の違和感は無視できるものではない。彼女は「私はおかしいのか?」と何度も問う。答えは「はい」である。

何より一番の問題は、この描写によって、これから死に直面する旅に出かけることに対する悲壮感が少なくなるということだ。9歳の子供とはいえ、もっと生と死の狭間で揺れる葛藤を描いても良かったのではないだろうか。

メイドインアビス』を例に挙げたい。こちらも「冒険もの」の一種で、危険な地「アビス」に旅立つ主人公の姿を描いている。この作品の主人公がアビスに向かう動機としては、好奇心、レグ(謎の多い仲間)という存在、アビスにいる母からの手紙という要素がとれる。単なる数の問題とは言わないのだが、やはり本作におけるメメンプーの動機は、弱いと言わざるを得ない。

ストーリー分析的に言えば、ストーリー(ⅰ)→②の強度が低い。以上の理由により、B評価とする。
 

補足

1. 基本設定

ラジオ「ここは、アンダーワールド。硬い岩盤で覆われた(中略)世界はピンチって話さ。命知らずのマーカーたちは、今日もラビリンスを冒険している(中略)大崩壊だけじゃない。怪獣に、最近話題のテロリスト……」
[2:40]マクロな視点で舞台を描きつつバックで流れるラジオ

大体の設定はこれで把握できる。つまり、マーカーは地下世界ラビリンスに旅立つ職業であり、そのラビリンスには危険が多いということだ。第1話において、主要のマーカーはリンダとウォルシュの二人であり、ガガンバーとメメンプーはワーカーという職業についている。

怪獣は第1話で登場した例のメカのことだろうが、テロリストについては未だに分からない。今後、様々な敵と遭遇することになるだろう。


2. ウロロップ

有名な女性マーカー。送り物が届いているということは、まだ生きている? 誰もその姿を見たことがないようなので、想像上の人物という可能性も。
[7:49]ガガンバー「ただの噂だろ? 存在すら怪しい」


3. ルーファス

ガガンバーが口にした人物の名前である。メメンプーをマーカーにさせたくない理由の一つになっているようだが、その真相は如何に。勝手な考察だが、ガガンバーの妻だと思っている。


残された伏線や謎は以下の通り。
①怪獣の正体
②テロリストとは?
③ウロロップのストーリー上における役割
④ルーファスは何者?
⑤ガガンバーがルーファスに抱く感情は何?


これで、サクガン 第1話『FATHERS & DAUGHTERS』のストーリー分析を終える。

日記 10/7 & お知らせ

ストーリー分析

以下の三作品についてはストーリー分析を途中でやめさせていただきます。

  • BLUE REFLECTION RAY/澪
  • 白い砂のアクアトープ
  • Sonny Boy

 
作品自体は楽しませてもらいました。白い砂のアクアトープに関しては、第13話から記事続行する可能性あり。

2021年 秋アニメ

視聴予定リスト

  • 海賊王女
  • 逆転世界ノ電池少女
  • 古見さんは、コミュ症です
  • サクガン
  • 白い砂のアクアトープ(後半)
  • takt op.Destiny
  • 大正オトメ御伽話
  • ブルーピリオド
  • マブラヴ オルタナティブ
  • ワッチャプリマジ!(日曜午前)

 

優先度は低いが以下の作品も一応チェックする。

  • 王様ランキング
  • 鬼滅の刃 無限列車編/遊郭
  • 境界戦機
  • シキザクラ
  • SELECTION PROJECT
  • 月とライカと吸血姫
  • プラオレ!~PRIDE OF ORANGE~
  • 無職転生異世界行ったら本気だす~ 第2クール

 

ストーリー分析の個別記事はサクガンとアクアトープの予定。本数多すぎるので見れないやつも出てくるだろうが、去年の秋(初めてアニメを追った時期)に21作品完走した時のモチベがあればどうにかなりそう。

レビュー

美少年探偵団を終えたので、次回はVivy -Flourite Eye's Song-になりそう。その後は特に決まってないが古い作品でもやろうかな。